月岡芳年 @ 蔵織

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月岡 芳年 ( よしとし ) 1839年 ( 天保十 )生まれ。 十二歳で 歌川 国芳 ( くによし )に弟子入り、1892年 ( 明治二十五 )・54歳で死去するまで、幕末・明治 中期まで作品を出し続けた、通称 最後の浮世絵師。
歌舞伎の役者絵・江戸の記憶・新しい明治の様子・昔話や伝説・武者絵などなど の作品を残したのですが、世間一般( マニア? )の間では こう呼ばれてもいます。 
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血みどろ 芳年< 芳年の生きた時代は 江戸から明治に変わる過渡期。 幕府軍と薩長を中心とした官軍との戦争=殺し合いが日常的に見られた 異常な時代。 

 戦禍を免れた江戸でも 幕府方の彰義隊が 圧倒的な戦力差から、無残に滅ぼされた光景を 江戸の人々は目の当たりにしました。

 殺伐とした世相・昨日の常識が 時代遅れになる 目まぐるしい変化のスピード。
 彰義隊の最期を実際に見たという 芳年には 幕末を象徴したような 異様な作品の依頼が来るようになります、、、

 より過激に、より刺激的にと、文章には 書けない様な残酷 極まりない 血みどろ・血まみれ・陰残な作品を、芳年は 物しました、、江戸川乱歩や芥川龍之介も一時期 収集していたそうです、、 ホラー映画 ( スプラッター物 )を見ても平気な方・興味ある方は ネットで調べてください、、 夢見ますよ、、 異常ですから、、 
 『 英名二十八衆句 』、『 魁題百撰相 』 で検索すると見られますけど、あくまで自己責任で見てくださいね、


 もともと 繊細な気質だったらしく、芳年は 時代の急激な変化に精神を病んでしまいます。
 芳年36歳・1873年( 明治六 )、病から復活し 大蘇( たいそ )芳年と名を変えた後は、神秘的・美しい作風に様変わりします。

 芳年を評価する、海外や 日本では、大蘇以前の血まみれ系の刺激的な絵が もてはやされ がちです。

  血を見ると気分が悪くなるタチなので、無論 血みどろ系の芳年は苦手です。  、が、芳年作品の魅力は 晩年にこそある。 私は思います。 47歳の頃、 月 百姿( つき ひゃくし ) 』という作品集を発表しました。 
 日本や中国の昔話・伝説からテーマを取って、画面中には種々 姿を変える月を描いた 作品群です。

 《 絵をクリックして、さらにもう一回クリックすると 拡大表示されます 》 

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 源氏物語に登場する、夕顔。 

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わぬ恋を海の上で嘆き悲しむ、厳島神社の巫女、有子内侍。

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 月の都に帰って行く かぐや姫。

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 満月を背に 飛び跳ねる、うさぎと 孫悟空。

 こんな イメージ豊かな作品が あと96作もあります。 中には 調子が悪かったのか? もう一つの出来の作品もありますが、優れた作品集です。


 月岡芳年の企画展示が 新潟市のギャラリー、蔵織( くらおり のホームページへ飛びます )で 開催されているとのこと。 
を、知ったのは 2月に入ってから。 好評につき、2月14日まで開期が延長されました。 そのおかげで、最終日の前日!!  2月13日に、やっとこさ訪れることが出来ました。

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 【 月岡芳年と豊原國周の 明治浮世絵女性展 】 が、企画展の題名です。

 蔵織は もともと民家でして、住んでいらした 斉藤家の所蔵品の中に 今回展示された 浮世絵があったわけです。
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 豊原 國周 ( くにちか ) は、幕末・明治初期に活躍した 人気 役者絵師。 明治期 新潟は花街で有名な 文化都市だったのですが、当時の売れっ子芸妓さんの写真を元に、國周が依頼されて 描いた、と推測される作品。 

 アンブレラには、芸妓さんが在籍した家の屋号が プリントされています。 粋です。 おしゃれです。

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 さて、今回展示されている芳年の作品は、『 風俗三十二相 』。 江戸中期から 明治の中期までの様々な女性を描いた シリーズ。 1888年 ( 明治二十一 )、芳年51歳の時の 刊行です。 斉藤家では 写真のように 和紙に16枚づつ、絵巻物のごとく 巻き付けて 保存してあったそうです。 状態は とても良く、浮世絵作品の技術の集大成といっても良いほどの 素晴らしさ!!

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 開期中は、前期と後期で 16作づつ の入れ替え展示。 私は半分しか見られませんでした。
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来館したのは、仕事が終わった後の6時頃。 私一人の貸し切りギャラリー!! 

 浮世絵に出てくる人間( の顔 )なんて、みんな おんなじ じゃないの? 私もそう思ってました。
 違うんですねぇ、これがまた。 周りに人が居ないのを良いことに、いろんな角度から描かれた女性像を見てみると、キツい表情になったり、可愛らしく見えたり、、 
 作者の芳年が、きちんと描き分けしているからかな?  


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 どんな作品があったかというと、、 ちなみに これらの写真は、館長さんに許可をもらって撮影しました。 もちろんフラッシュなどは もってのほかです。

 作品には お気楽なタイトルが付けられていまして、左・『 めがさめそう ( 目が覚めそう ) 』、右・『 つめたそう ( 冷たそう ) 』。 、、 賢明な諸氏はもうお解りだと思いますが、~そう=作品集の、『 風俗三十二相 』のと かけてあります。

 他にお客さんが いなかったこともあり、じっくり鑑賞する機会に恵まれた私は、まるで、競技かるたの選手のように、ガラスケースに両手をつき、顔を押しつけんばかりにして 作品に魅入っていました。  その色 鮮やかさに、です。
画像 『 めがさめそう 』 の衣服の拡大図。 デジカメの撮影でどれほど伝わるかは心許ないのですが、濃い 濃い 藍色です。


画像 『 つめたそう 』 の 着物の柄と、紅色。

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これは、 『 はずかしそう 』。
画像 30歳を過ぎてから、黄色に惹かれるようになりました。 目に勢いよく飛び込んで来ます。

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 こちらは、『 にくらしそう ( 憎らしそう )』。 タイトルとは裏腹の、表情です、、
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 この精緻な彫刻!! そして深い緑色。 唇に塗られている緑色は、江戸中期から後期、笹紅色と呼ばれていた 唇を青く( 緑かな? )見せる塗り方だとか。
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 冒頭で掲載した、 『 遊歩がしたそう 』。 明治の風俗。 髪型の新鮮さも良いですが、注目してほしいのは、髪の生え際、細かい彫り。
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 彫刻の見事さを見てもらうため、指との対比です。 彫刻刀でこんなチマチマした字をきちんと仕上げる、浮世絵版画の彫り師の職人技。
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浮世絵版画は、絵師 & 彫り師 、そして版画の色を重ねて行く、摺り師 ( すりし )の三位一体の合作芸術です。 
 摺り師の仕事=図画工作や、年賀状の版画を彫った方なら おわかりの、彫った版木に絵の具を塗って、紙の裏からばれんでこすって色を付ける、あれです。

『 けむたそう (煙たそう )』ですが、この煙の表現!! 斬新な芳年の発想も見事ですが、何回も摺りを重ねて、グラデーション効果を出す、技術。

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『 さむそう (寒そう )』より着物の柄を。 

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幕末の芸者さんを描いた、『 にあいそう ( 似合いそう? ) 』。 どこに どの色を配するかは、絵師のセンス。 コントラストを重視した芳年の絶妙な色彩感覚。
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猫をかわいがる、この絵のタイトルは、『 うるさそう 』。 猫の立場からの感想ですね。 着物の緻密な表現も 素晴らしいです。

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最後に もっとも気に入った作品。 『 おきがつきそう 』 表情も良いし、着物の柄もセンス良し。

 おき=熾火 ( おきび ) の事でしょうか? 熾火とは、赤く熱した炭火・薪 (まき)が燃えた後の赤くなったもの、だそうです。
 絵の上部の夜の闇の部分に キラキラした銀粉らしき物が見て取れたので、服装から推察するに、花火見物中の火の粉が落ちてきた様子を描いたのかな? 
 黒を際立たせるのに下地に 漆を塗ることがある、と館長さんは示唆してくれました。 夜の暗さを色濃く見せるため、そちらの効果を狙ったのかな?

 全32作中、少ししか紹介出来ませんでしたが、月岡芳年 51歳の珠玉の傑作集、少しでも興味を持って頂けたら 本当に嬉しいです。

芳年の弟子筋には、日本画家の 鏑木 清方 ( きよかた )・伊東 深水らが育っています。 日本画の大家を輩出したのは 美人画家としての月岡芳年。 もっともっと 評価されてほしいです。

 ギャラリー蔵織で 風俗三十二相を見ていた私は、幸せ独り占め。 色彩の魅了空間で 目をキラキラさせて 忘我の時を過ごさせてもらいました。 

 2月14日で企画展は終了しました。 また別の機会にでも、芳年 絵巻を見せてくださいね、蔵織さん。 その暁には 皆さんも ぜひ蔵織で、色鮮やかな 錦絵巻を堪能してください。

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この記事へのコメント

torikera
2010年03月03日 22:52
赤うどんさんが浮世絵について記事を書いていらしたとは知りませんでした
芳年の企画展いいですねぇ
また詳細なレポ興味を持ちました
個人的な趣味としては 浮世絵は国芳あたりが限界??と思っているのですが
芳年となると 違う興味をもちますね(^^;
赤うどん
2010年03月05日 22:28
 国芳の作品と作風は、江戸文化・浮世絵の頂点であると私も思います。 国芳ホント良いです。 斬新で独自性の強い構図といい、抜群のデッサン力といい、おおらかで 明るい作風といい、ユーモアと反骨精神あふれる 素晴らしい国芳作品!! 国芳の太陽的なエッセンスは 弟子の河鍋暁齋に色濃く受け継がれたようで、芳年には文字通り 月の要素が伝承された気がします。  そんな対照的な2人の門人を輩出した 歌川 国芳、偉大な絵師ですね。 
黒猫の究美
2010年06月22日 14:13
「おきがつきそう」は今、おんなが頭の簪を抜き取って「芯切り(蝋燭の芯を切って火を調節する)」をしようとする絶妙な一瞬を描いたものです。
そこから推測するに「おきがつきそう」とは「御気が付く」つまり「細やかな気遣いができる女」をさす意味になるのではないでしょうか。(生意気を言ってすみません)
いまどき和蝋燭どころか、蝋燭自体ほとんど使いません。そうした意味でも「おきがつきそう」はいまは亡き江戸の情緒を偲ばせる貴重な作品といえます。こんなにも素敵な風俗を描き遺してくれた芳年氏に感謝しなければ。
芯切り
http://www.rousokuya.com/shinkiri.html
黒猫の究美 浮世絵談義 虎之巻
http://blogs.yahoo.co.jp/mishima_doo/MYBLOG/yblog.html
赤うどん
2010年06月22日 21:13
 黒猫の究美さま、ご覧頂き、ありがとうございます。 芯切り、まったく仰る通りなのです。 来館した後日、芯切りの事を、蔵織の館長さんに教えて頂いたのに、全くすっかり 失念していた愚か者は、私です
 ”おき ”の意味、なるほどなるほど
黒猫の究美さま、何から何まで 若輩のブログに貴重なコメントありがとうございます

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